支那が隋朝末期の頃の我が国では、蘇我馬子と聖徳太子による仏教を基礎とした社会改革が着々と進んでいた。「国家」の在り方を真剣に考えた末、我が国は隋に対して同格宣言を試みた。ところが・・・

我が国を「無礼者!」と恫喝して、「出入り禁止」を食らわせた隋朝の方が崩壊してしまい、支那の政権は唐王朝(唐帝国)へと変わります。

「(隋朝による出入り禁止措置から)随分経ちましたよね?」と云ったかどうかは知りませんが、我が国は唐帝国に対して外交ルートを持った。そして、遣唐使を始めた我が国の表舞台に、現代に於いても"稀代の天才"と称される空海上人が登場なさいます。

実は此方は、空海上人を最も敬愛していて、故に、今回はあまり出鱈目文を書いてはならないというプレッシャーを感じています。でもね、当BLOGは"怪説ブログ"ですからねェ。

 

9世紀頃の我が国では、学問と言えばそれこそ特別な知識を得る目的の為の高尚な手段であり、ごく一部のエリート層のみが就学の機会を許された。学問に関われる環境にある者はエリート社会の人間に限られていたと言って過言ではなく、要するにその家(エリート層の家)に生まれなければ特別な知識は得られないし、次のエリート社会の一員にもなれない時代だったわけです。学問は一般社会に解放される事も無く、それ故に、エリート層が(特権意識を持ち)一般社会を蔑む悪材ともなっていた。学を得られる者達と得られない者達が永遠に輪廻するような身分差別社会は不幸です。が、我が国はそのような状態がずっと続いた社会でもあった。現代でも、世帯収入の格差によって学びたくても学べない子ども達は確実に存在している。が、我が国に限らず、世界には、宗教や政治や経済的理由などによって、識字率が上がって来ない国がまだ多く存在する。現在の我が国は、教育面では恵まれている側であることは言うまでもない。

 

話は逸れましたが、現代で言うなら地方官僚(地方エリ-ト)であった播磨の佐伯家に生まれたのが名を真魚(佐伯真魚)として育った空海上人です(参照記事)。(※畿内(山城、大和、河内、和泉、摂津)に近い播磨を"地方"であったと言い切るべきではないかもしれませんが。)

幼い頃から秀才と目されて、佐伯一族の期待を一身に受け京に学んだ上人ですが、その期待を裏切る形で出家の道を選ばれる。遣唐船への乗船という機会を得て支那へ渡った上人は、短期間に(天才的に)多くの知識・技術を学ばれた。そして帰国後の上人は、仏教の教えを中心に説き、我が国の若手エリート達の考え方を変えていく。それまでは"特権学問"の域内で点数(順位)を競って、それでトップに立つことで満足感を得ていた彼らは、「ただ教えを乞うてそれで自己完結して終わりではなく、国家国民の為に生かされてこそ正しき学びである」という思考へと変わっていく。

政治に携わるエリート達の思考変化によって、学問は、エリート達の出世道具から、徐々にではあるが、民・国のレベルアップに欠かせない万民の為のものとなっていきます。それでも応仁の乱の頃までは、"高等な学問"は都(京)のエリート達に寡占されていました。昔から、深い知識を得るには、家柄もお金も工夫も必要だった。ですが本来の「学ぶ」という行為は、どのような状態にあっても叶うもの、叶わねばならぬこと。社会生活の中からでも学び取れる事はたくさんある。そして学んだ事は社会へ感謝して還元しなければならない。それが人であり、人の間に生きる人間である。という事を空海上人は民へ諭したとされる。それも功を奏し、我が国の一般大衆は、学を得られる特権層を妬み忌み嫌うと言うよりは、その知識や徳を敬い頼りにもしていた。(※それでも中には「書」や「文化」の価値を理解出来ない者達もいて、後々の応仁の乱その他で戦場ともなった京は度々荒廃し学術書の焼失どころか、日本文化そのものの危機に見舞われる事もあった。=≫参照記事

 

話は行き過ぎましたが、我が国は「学問」の素晴らしさを知った。学問によって得られる知識と応用術(工夫)は、社会の万物に対して有効である事を知った。それ(学問の奥深さ=真髄)は、先進国家支那に憧れ、常に敬意を以て接していたからこそ知り得た事です。

支那で学べたことを自分一人の利益とせず、万人(社会)へ還元する方法を希求した空海上人は、文字一つ一つに、支那とはまた一味違う意味を持たせ、日本人により理解し易い漢字の組み合わせを創意工夫した(和漢字=和字)。更に、難しい読み書きを緩和して、より多くの者が文字認識出来るように、真名(漢字)の崩し文字=仮名文字を広めていく。(※仮名文字は古代の万葉仮名が発端とされるが考案者は不明。因みに、ひら仮名に関しては空海上人による考案という説が最も有力とされる。)空海上人の行く先々で弟子が生まれ、その弟子達によって地域識字率も(緩やかだが)上がっていく。簡単に言えば、密教布教のシナジー効果ですかね。地域に密教寺院が建立され、人々の心の豊かさへと繋がってゆく。

 

古代の支那王朝は、取り敢えず「教えて下さいよ」と頼めば、教えてはくれた。なのに、現代の支那は何も教えてくれようとしないし秘密主義である。しかも、教えてくれるどころか、我が国のものを盗んでも平気な顔をしている

我が国は、支那の歴代王朝や高句麗に教わった(学んだ)数々の学術文化・風習を明らかにして、大切に保存し、或いは現代まで運用している。それらから和風にアレンジされたものも文字類や宗教信仰を筆頭にして無数にある。我が国は大陸伝来のそれらを我が国の固有文化とは言っていない。

心には計れる面積も壁も何もない。だから律する力が足りないと人は平気で嘘を吐く。心にしまう事もせず思ったままに嘘を吐く。しかし、少なくとも我が国は、文化の「発祥」に対してイチイチ嘘を吐かない。そういう事は意味がない事を知っている。寧ろ、古い時代から他国と長い付き合いが出来ていたことを誇り、その相手を敬ってきた。相手の文化を尊重した故に和風にアレンジ出来た事を隠さない。そのような礼儀作法と律儀さを持っていることが我が国の取柄である事を多くが知っている。ところが・・・

先生であった筈の支那や韓国はそうではない。特に韓国は、我が国から盗み取った数々を、我が国発祥のものである事を一切認めようとしない。この無礼さはどうにかならないものか。どうにもならないから、我が国の韓国嫌いは悪化の一途を辿っている。支那も似たようなもので、実に馬鹿馬鹿しいネーミング権の問題や特許侵害、スパイ行為を多発させている。

支那は、大捏造起源説を恥ずかしげもなく吹聴する韓国・朝鮮族に付き合っていると、中華の伝統文化を全て奪われてしまう事に早く気付けと強く忠告したい。漢族の始まりは韓族(朝鮮族)などとされ、支那の数千年の歴史は全て韓国に奪われかねない。漢字を"韓字”が起源などと言っていることを笑って済ませているのも問題がある。支那人達は、韓国の妬み嫉みの毒を甘く見過ぎです。自国の文化と(真の)歴史に対する尊敬と保護意識をもう少し高めた方が良い。尤も、共産党に創作された歴史ばかりを洗脳教育されているから、人は他人を尊敬出来てこそ人間と成れる事も忘れてしまい、金儲け主義に終始するろくでもない人が増えた結果、真の自国史にも文化権利にも無頓着になっているのでしょうけど。

 

GHQによる漢字禁止令

ところで我が国は、漢字が韓国起源などとの捏造が認められる時代が到来したならば、漢字使用禁止法でも制定させないと(笑)

 「漢字使用禁止法」は悪い冗談ですが、終戦直後には、本当にそのような事が強いられそうな危機的状況にあった。終戦直後の我が国を占領支配したGHQの占領政策には韓国の意思も強く働いた。韓国人が、まるでドイツから虐待されたユダヤ人と同様であったかのような被害者の仮面を被り、愚かなアメリカ合衆国が彼らの嘘に涙を流したからだ。アメリカ人を騙すくらい韓国人には朝飯前。慰安婦像や竹島の状況を見ればそれくらいすぐに分かること。そして、当時から相当捻くれていた韓国人達は、強烈な悪意を以て我が国の文化・知識の全てを奪おうとした。その最たる対象が国字(=漢字)であった。

GHQが漢字禁止令を言い出した理由は様々挙げられていますが、此方は、韓国人の要らざる入れ知恵(=皇統断絶目的)があったからという説が最もだと考えています。つまり、漢字使用が禁じられたら、歴代天皇名や全ての家系名が時間と共に風化されやがて廃れ行く。武道禁止令も含め、GHQは、その事(日本らしさの破壊)に対して本気だった。即ち、最後まで徹底抗戦した我が国を、アメリカ合衆国はこの世界から抹殺する事に躍起となっていた。アメリカってのはそういう悪意を平気で行使する国でありそして嘘吐きだ。手を組んだ相手にも自分達同様の嘘吐き(=韓国)を選んだ。

その時は、漢字禁止令は何とか阻止して実現には至らなかったが、これを実施されていたら、我が国の文化は完全に滅びていたでしょう。今のアフガンやイラクの様に内乱が終わらない状況にもなっていたでしょう。我が国の戦後は、極めて危険な状況に置かれていたわけです。漢字禁止令が成っていたら、戦後の我が国は知識レベル壊滅状態となり、支那やアジア諸国に対して技術や何かを伝える事など何も出来なかった。引いては、我が国のレベルが現実とは雲泥の差であったなら、この世界の現在の経済や技術や遊び感覚などなどはまるで違っている。全く糞面白くもない世界だったかもしれない。

韓国・朝鮮は、他国の歴史の重みや文化の大切さなど何一つ理解・尊敬出来ない腐れ外道と断言出来ます。でも、支那人は本来はそうではなかった人達であった筈なので、共産党政権以前のまともな支那に早く戻って欲しいものです。